残された謎

 

 

スクワーレルフライトは朝の光に目を細めた。

 

あの戦いが終わり、夜が明けて、スクワーレルフライトはナイトファングとともに狩りをしていた。

 

今いる場所は、サンダー族のなわばりのはずれだ。

近くには、〈二本足〉の家がある。

 

ナイトファングがスクワーレルフライトのとなりでネズミを見つけて、襲い掛かる姿勢になった。

 

しなやかな黒猫を横目で見ながら、スクワーレルフライトは不思議なものだ、と思った。

 

 

 

ナイトファングは、あの戦いで命を落としたのだ。

そのほかにも、たくさんの猫たちが命を落とした。

 

命を落としてしまった猫たちは、ホワイトスレットが銀色の輝きに包まれて消えた時、生き返った。

 

スクワーレルフライトは驚いて目を瞠った。

それだけではなかった。

 

自分の体を見るとホワイトスレットから受けた傷は消えていた。

 

他の猫たちも、傷はなくなっていた。

 

 

サンダー族の猫たちは、他の部族の猫たちが自分たちのキャンプにいるのを見て、毛を逆立てた。

 

何故こんなところにいるのかと責め立て、他の部族を追い出した。

 

他の部族の猫たちは、自分が何故ここにいるのかわからない様子でけげんな顔をし、去っていった。

 

 

 

そう、猫たちは、“ホワイトスレット”と戦ったことを覚えていなかったのだ。

 

 

戦った傷もなく、地面に飛び散ったはずの血もなくなっていた。

 

ホワイトスレットは、自身と木を消えさせたとき、猫たちから自分の記憶や存在も奪って帰っていったのだ。

 

 

その後、猫たちはいつものように寝床についた。

 

 

 

ナイトファングはネズミを捕まえた。

 

「やっと捕まえた!」

獲物をくわえた口でもごもごと言った。

 

「でも、こんなんじゃ足りないわね。枯れ葉の季節に入りかけて、獲物もガリガリ」

 

スクワーレルフライトは相槌を打った。

「そうね。私も捕らなくちゃ」

 

そういって、周りを見回した。

「このあたりはあんまりいないのかな。私、向こうの方に行ってみようと思うんだけど」

 

考える時間がほしくて、一人になりたかった。

 

ナイトファングはうなずいた。

「分かった。私は、このネズミを埋めてからあっちのほうに行くわ。それぞれ、キャンプまで獲物はもっていきましょ」

 

 

スクワーレルフライトはその場を離れ、〈二本足〉の家の方へ向かった。

 

ナイトファングは、完全にあの戦いのことを忘れている。

 

ナイトファングだけじゃない。

 

ホワイトスレットが神の使いなら、それくらいのことはできるのだろう。

 

 

ならば、どうして自分たちは覚えているんだろう? 

覚えているのも、自分だけではなかった。

 

ホーリーナイトもニコルも、リーフプール、ファイヤスターも覚えていた。

何故自分たち五匹だけが?

 

 

目の前でハタネズミが走りすぎていった。

スクワーレルフライトははっとしたが、捕まえることはできなかった。

 

スクワーレルフライトは頭を振った。

考えていても答えは分かりそうにない。

 

ホワイトスレット本人に聞かないかぎりは、分からないことだろう。

 

目の前に〈二本足〉の家がそびえたっていた。

家といっても、住人がいる様子はない。

 

スクワーレルフライトは慎重に近づいた。

 

〈二本足〉の家の近くには、決まってネズミがうようよいるのだ。

 

 

鼻を上げて口を軽く開き、ネズミのにおいがしないか確かめた。

思ったとおり、たくさんのにおいがした。

 

スクワーレルフライトは近くの柱の裏で動いているネズミに目をつけた。

 

スクワーレルフライトがにじりよっても、ネズミが気づく様子はない。

 

スクワーレルフライトはパッと飛び掛り、ネズミをほうり投げた。

 

ネズミが地面に着地し、逃げようとしたがスクワーレルフライトがそれを押さえ、首をひとかみしてとどめをさした。

 

 

スクワーレルフライトはくたっとなったネズミをくわえ、いったん場所をかえて獲物をおいておこうと向きを変えた。

 

すると、目の端に濃い青色のものが見えた。

 

スクワーレルフライトはそれが猫のように見えて、ばっとそちらを見た。

 

前足でつっついてみた。

それは、布のようだった。

 

スクワーレルフライトは持って帰ることにした。

何かに使えるかもしれない。

 

 

 

スクワーレルフライトは昨夜の戦いの影も見せない、崩れてなどいないキャンプの入り口をとおり、入った。

 

まず戦士部屋へ行き、濃い青色の布を自分の寝床に置いた。

 

その後獲物置き場に行き、捕ってきたネズミとウサギをつんだ。

 

獲物の量が悲しいほどしかない。

これから枯葉の季節に入るというのに、獲物がこれだけしかとれないとは。

 

たくさん捕らないと、一族の食べるものが足りなくなってしまう。

 

 

もう一度狩りに行こうと再び歩き出したとき、向かい側からニコルが歩いてくるのが見えた。

 

ニコルは近づいてくると、スクワーレルフライトに話しかけた。

「狩りにいくのかい?」

 

スクワーレルフライトはうなずいた。

「獲物のたくわえがほとんどないもの。もっと捕りに行かなくちゃ」

 

「僕もいくよ」

ニコルはスクワーレルフライトの横について歩きだした。

 

キャンプから出た時、スクワーレルフライトはふと思ったことを聞いてみた。

「ホーリーナイトは?」

 

ニコルが振り返ることなく答える。

「ファイヤスターと話してる。ホワイトスレットのことだと思う」

 

スクワーレルフライトはうなずいて、続けた。

「言い伝えでも、襲われた後は記憶がなくなると言われてるの?」

 

「いや、そんなことはなかったはず」

 

スクワーレルフライトは首をかしげた。

「じゃあ、何で今回はみんな忘れちゃってるのかな」

 

「これは、単なる僕の想像でしかないんだけど…」

 

「何?」

スクワーレルフライトはせかした。

 

「今回は、失敗したからじゃないかな。今までは、襲われた生き物は、例外なく絶滅寸前まで追いやられてたんだ」

 

「なるほど。でも、今度は何で覚えている猫がいるのかってことも不思議よね」

 

「うーん…それは、僕も不思議に思ってるんだよ」

ニコルは困ったように首をひねった。「こればっかりはわからない」

 

「ホワイトスレットにしか分からないわね、きっと」

そういうと、スクワーレルフライトは前方に目をもどした。

 

ニコルが斜め前にリスを見つけ、逃げられる前に追いかけていった。

 

 

いったん茂みに突っこんだニコルの頭が、すぐに出てきた。

茶色いリスがぶら下がっている。

太ったリスだ。

 

「すごい! この時期にしては大きな獲物ね」

ニコルがリスを下ろす。

 

スクワーレルフライトは続けた。

「サンダー族も、あなたがいれば獲物には困らないかもね」と、笑っていった。

 

しかし、ニコルは笑わずにスクワーレルフライトを見た。

「スクワーレルフライト、言いにくいんだけど…」

 

スクワーレルフライトは笑うのをやめ、首をかしげた。

「何?」

 

ニコルは続けた。

「僕ら、明日の夜明けに帰るよ」

 

スクワーレルフライトは目をしばたかせた。

「帰るって、ここから出て行くってこと?」

 

ニコルがうなずくのをみて、スクワーレルフライトは沈んだ気分になった。

「そんな…そんな急に。もうちょっといればいいのに」

 

ニコルは首を振り、微笑んだ。

「ここでは、僕たちはよそ者だよ。いなくなっても誰もかまわないさ」

 

「そんなことないよ」

スクワーレルフライトは言った。

 

「そんなことない。ニコルとホーリーナイトは、友だちよ? リーフプールだって、悲しむわ。…私だって」

 

そういって、目線を下に落とした。

 

ニコルがスクワーレルフライトの肩を尻尾で軽く叩いた。

 

「大丈夫だよ。永遠の別れってわけじゃないんだからさ」

そういうと、軽く笑った。

 

「さあ、もう少し獲物を捕って帰ろうか」

 

スクワーレルフライトはうなずいた。

 

 

猫たちを脅かすものもいなくなって、またニコルたちと楽しく過ごせると思っていたのに、もうニコルたちが帰ってしまうと聞いて悲しくなった。

 

そして、その二匹の存在が自分の中で大きくなっていたことに気づいて、なおさら悲しくなった。

 

でも、仕方のないことなのだろう。

 

ニコルやホーリーナイトの故郷はここではない。

 

二匹にもやるべきことがあるのかもしれない。

 

それに、二匹が帰らないでほしいと思っている中で、ほんの少しだけ、分かっていたきがした。

 

 

二匹はずっとここにいることはできないことが。