Last song ~最後の唄~

 

 

スクワーレルフライトは、まだ夜が明けきらないうちに目を覚ました。

 

周りでアッシュファーやゴールデンクラウドたちが寝息を立てている。

 

スクワーレルフライトはそろえた前足の上にあごを乗せ、もう一度眠ろうとしたが、目がさえてしまって、もう眠れなかった。

 

 

スクワーレルフライトは他の戦士たちを起こさないようにゆっくりと起き上がり、戦士部屋を出た。

 

夜明け前の涼しい風が頬にあたり、気持ちがよかった。

 

空はまだ暗く、東の空だけが明るくなってきていた。

 

 

戦士部屋の入り口を出て、すぐ横に座った。

キャンプの中はまだ静まり返っていて、まだ誰も動いていない。

 

 

東の空を見た。まだ姿を現していない太陽が昇ったら、このキャンプから二匹の猫とお別れとなる。

 

まだ、その猫たちも目を覚ましていないだろう。

 

ニコルたちがきて、自分はすごく楽しかった。

 

バカなことに、自分はそれがずっと続くものだと思っていた。

 

ニコルやホーリーナイトは、サンダー族の猫ではないのだ。

 

これからも続くと考えるのは、バカなこと。

 

 

少しずつ空が白んでくる。

爽やかな朝だ。

 

しかし、それとは対照的にスクワーレルフライトの心は、沈んでいた。

 

 

「もう、起きてたの?」

 

スクワーレルフライトは横から聞こえてきた声に驚いて振り返った。

リーフプールだった。

 

「リーフプールこそ。どうしたの?」

 

「なんとなく…かな。ふと目を覚ましたら、あなたが座っているのが見えたから。スクワーレルフライトはどうして?」

 

スクワーレルフライトは東の空に目を向けた。

 

「あの太陽が昇らないでほしいなと思って」

 

リーフプールは同情するようにスクワーレルフライトにすり寄ってきた。

「ニコルたちのことね」

 

スクワーレルフライトはうなずいた。

 

「早すぎるわ。もう少し、一緒に狩りをしたりしたかったのに」

 

リーフプールはスクワーレルフライトから体を離し、尻尾をからめてきた。

 

「私もそう思うわ。でも、ニコルやホーリーナイトたちにも色々あるのよ」

 

「それはわかってるわ。ニコルたちは部族猫ではないことも」

 

スクワーレルフライトはリーフプールに目を戻した。

「頭ではわかってても、悲しいの」

 

 

 

スクワーレルフライトとリーフプールはただ黙って身を寄せ合った。

 

話している間に、太陽が半分ほど姿を現した。

 

 

「おまえたち、もう起きていたのか」

身を寄せ合っている二匹にダストペルトが声をかけた。

 

「おはようございます」

二匹は挨拶をした。

 

スクワーレルフライトが続けた。

「先輩こそ、早いですね」

 

ダストペルトはうなずいた。

 

「夜明けのパトロールだ。今からメンバーを集めなければ」

そういうと、速足で二匹の前を通り過ぎて行った。

 

「リーフプール、今朝は忙しいの?」

スクワーレルフライトは尋ねた。

 

リーフプールが首を振る。

「いつも通りよ。特に忙しくはないわ。どうして?」

 

スクワーレルフライトは立ち上がった。

 

「最後にみんなで狩りをしましょ」

 

リーフプールが目を輝かせてうなずいた。

 

 

 

スクワーレルフライトは看護部屋の横をのぞきこんだ。

ニコルもホーリーナイトも目を覚ましていた。

 

「おはよう、ニコル、ホーリーナイト」

スクワーレルフライトとリーフプールが声をかけた。

 

白黒の二匹が振り返る。

 

「おはよう、二匹とも」

ニコルが返事を返した。

 

リーフプールが続けた。

「私たち、今から狩りに行ってくるんだけど、あなたたちもいかないかと思って来たの」

 

ニコルがぱっと立ち上がった。

「うん、行くよ」

 

ホーリーナイトも無言で立ち上がった。

 

スクワーレルフライトとリーフプールはニコルとホーリーナイトが出てくるのを待った。

 

二匹が近づいてくると、二匹の毛が出発に向けてか、きれいに毛づくろいされているのを見た。

 

「さあ、行こうか」

ニコルが言った。

 

 

リーフプールとスクワーレルフライトとニコルとホーリーナイトは木々の間を走り抜けた。

夜明けの風が心地よい。

 

枯葉の季節の前だが、まだ今日のところは獲物はたくさんいて、あちこちで動き回っていた。

 

四匹ともどんどん獲物を捕まえると、いったん集めておいた場所はたちまち獲物の小山となった。

 

「すごい! こんな短時間でこんなにとれたわね」

リーフプールが獲物の山を見て、感想をもらした。

 

みんなくたくたになっていて、座り込んでいた。

 

その様子を見て、ニコルが言った。

「みんな疲れてるようだし、ちょっと休憩しようか」

 

異論を唱える者はいなかった。

 

四匹が思い思いの格好でくつろいでいると、ニコルがふと言った。

 

「もう、今日でお別れなんだよな」

 

ニコルのその言葉にほかの猫たちがニコルを見る。

 

スクワーレルフライトは口を開いた。

「まだあと少しいればいいじゃない」

 

ニコルが苦笑いをした。

「僕ももっとここにいたかったけど」

 

ホーリーナイトも横から言った。

「しかたがないんだ」

 

リーフプールが言った。

「じゃあ、最後にニコルの歌を聞かせてくれない? もう、聞くことはないのかもしれないもの」

 

スクワーレルフライトもうなずいた。

「私も聞きたい!」

 

ニコルはまた苦笑した。

 

「えー? …しょうがないなぁ」

 

スクワーレルフライトとリーフプールは座りなおした。

と同時にニコルも座りなおした。ホーリーナイトだけは寝そべったままだ。

 

「ええと、それじゃあ…」

 

そういって咳払いをし、ニコルは歌いだした。

 

前に一度聞いた時のようにきれいな声だった。

 

青いガラスのような目にあう、透き通った声。

 

スクワーレルフライトは目を閉じて聞き入った。

初めて聞いた歌と同じだ。

 

ニコルの歌が山になり、最終段階へ突入した。

その時、ホーリーナイトが寝そべっていた頭を起こした。

 

スクワーレルフライトはどうしたんだろうと思ったとき、ホーリーナイトはニコルと目配せをした。

 

 

ニコルの歌が終わり、スクワーレルフライトとリーフプールは感想を言おうと口を開いた。

 

しかし、二匹の口から音がでないうちにニコルは再び静かに歌いだした。

 

スクワーレルフライトはリーフプールと目を合わせた。

知らない歌だ。

 

初めて聞く歌に聞き入っていると、ニコルの透き通った声に、静かにもう一つの声が入ってきた。

 

スクワーレルフライトは驚いた。

ホーリーナイトだった。

 

目を閉じて、低めの声を出している。

 

ニコルの透き通っていてきれいな声と、ホーリーナイトの安心するような低い声は、まざりあって美しいハーモニーとなっていた。

 

スクワーレルフライトはまばたきをすることも忘れた。

 

 

ニコルとホーリーナイトの歌は、だんだん盛り上がった。

そして、静かにニコルとホーリーナイトの長い鳴き声で終わった。

 

歌が終わった後も、数十秒間誰も動かなかった。

 

そしてようやく、ニコルが口を開いた。

「聞いてくれてありがとう」

 

それに魔法を解かれたかのように、はりつめていた空気がゆるんだ。

 

「……すごい」

 

スクワーレルフライトがぽそっと言った。

リーフプールもつぶやいた。

 

「きれいだったわ…」

 

スクワーレルフライトは余韻にひたったまま続けた。

 

「ニコルの声は相変わらずきれいだし、ホーリーナイトの声もすごかった。ホーリーナイトの歌、初めて聞いたけど、ほんとにすごい!」

 

ホーリーナイトはただうなずいた。

ニコルは微笑んでいた。

 

「ありがとう」

 

「この歌は、一生忘れられないわ」

リーフプールが言った。

 

スクワーレルフライトも相槌を打った。

「私も、絶対に忘れられない」

 

ホーリーナイトが立ち上がった。

 

「そろそろ行こう」

そういって、みんなの顔を見た。

 

「あまり長くなるとサンダー族の猫たちが心配するだろう」

 

ニコルがうなずいて立ち上がり、リーフプールも立ち上がり三匹は先に立って歩き出した。

 

 

白と黒の後姿を見ながら、スクワーレルフライトは悲しくなった。

 

 

もうすぐ、お別れだ。