黒猫の姿

落ち葉の山から現れたのはやはり黒猫だった。

 

美しい毛並みの・・・。

 

浮浪猫にしてはきれいだし、

飼い猫にしては痩せている。

かといって、一族の猫ではないことは確かだ。

サンダー族に真っ黒の黒猫はいないし、そもそも匂いが違う。

どの部族の匂いもしないかわりに、嗅いだことのない匂いがする。

 

しかし、シンダーポーがその黒猫をカラスと勘違いしたまま、既に牙を剥いて飛びかかっていた。

 

「シンダーポー!!そいつはカラスじゃ・・・」

もう手遅れだった。

 

「うわっ!!!」

黒猫が驚きの声を上げる。

 

シンダーポーは黒猫の背中に噛みついてしまい、黒猫は、驚きと悲鳴の混じった声を上げながらじたばたと落ち葉の山の上を暴れる。

 

敵か味方も分からない黒猫だが、少し同情してしまった。

あんな高いところから落ちた直度にさらに襲われて・・・。

 

っとっとっと、

止めなくては。

 

「シンダーポー! 離れろ!!」

「えっ?」

 

シンダーポーは黒猫を離す。

「早くこっちに戻れ!!」

黒猫が反撃してくるかもしれない。

シンダーポーがファイヤハートの隣に戻る。

 

しかし黒猫は落ち葉の山の上に伸びたままだった。

 

「あいつ、猫だぞ。 カラスじゃない。」

「噛みついてから気が付きましたよ。でも猫ならなおさら追い払うべきなんじゃないですか?」

「でも、普通の猫じゃない。 空を飛んでいたの、見ただろう?」

「スター族かもしれませんよ。 スター族は空にいるんですし。」

「まさかな。とりあえずその黒猫に聞いてみようか。」

 

見習いに聞いても、答えなんぞわかるはずは無いので、黒猫から聞いた方が賢明だ。

 

落ち葉の山―もっともさっきの戦いでほとんど山ではなくなっていたが―を登り、黒猫に近寄る。

背中にシンダーポーの噛み傷があった。 血が少し流れている。

 

「大丈夫ですか?」

そっと聞くと、黒猫がピクリと動く。

「うん・・・。 大丈夫・・・。」

ほっとして、話を続けるが、良い言葉が見つからず、

「君は・・・ 何なんだい?」

なんだかよくわからない質問をしてしまった。

「…どう答えればいい?」

そしてよくわからないという答えが返ってくる。

 

「・・・君はどこから来たんだい?」

「ここじゃない所。ここから遠く。」

そういって黒猫は起き上がり、ファイヤハートに向き合って座る。

戦士猫になったばかりのファイヤハートより少し大きいくらいだ。

 

「ここは、サンダー族の縄張りだ。 用が無い限り、あまり他所の猫にいてほしくないんだ。」

「ふにゃ? さんだーぞく? まあ、僕が他所の猫ってことは分かるけど。」

黒猫は前足を舐めて、片耳を撫でる。

 

「なんでここにいるんだい?」

そう聞くと、黒猫は、逆の前足を舐めて答える。

「うーん。来たくなったからかな。なんとなく、ここに来たくなって、なんとなく、ワシを捕りたくなったんだよ。帰った方がいいかい? ワシにやられちゃって悔しいんだよ。」

そして前足で逆の耳を掻いて、ちょっとだけね。と付け加えた。

 

ファイヤハートは、残念ながらまだこのような事を判断できるほど経験を積んでいなかった。

とりあえず、もっと年長の戦士に話を聞いてもらった方がいい。

 

しかし、年長の戦士を呼びにキャンプへ行ってる間に黒猫がどこかへ行ってしまったらそれこそ大変だ。

見張りを立てようにも、シンダーポーと自分しかいない。

その上、見張り1匹だと、いざ襲い掛かられると、黒猫が強かったとしたらひとたまりもない。

 

だとしたら、キャンプの近くに連れて行き、いつでも援軍を呼べる位置に連れて行き、年長の戦士の意見を聞くのが一番いい。

 

「僕にはどうしようもないんだ。だから先輩から意見を聞きたい。ついてきてくれ。」

「うん? どこに?」

黒猫は耳を掻くのをやめて、尋ねる。

この黒猫には邪気が無い。 黒猫の周りだけゆったりとした空気が流れている。

「サンダー族のキャンプだ。 余計なことは言わない。とりあえずついてきてくれ。」

そう言って、落ち葉の山から飛び降り、キャンプに向かって駆け足で進む。

 

「あの黒猫をキャンプに連れて行くんですか? 危険じゃないですか?」

シンダーポーが隣に並んで聞く。

「でも、今ここで追い払って、他の部族でいざこざを起こされたりされるのも面倒で、でも、部族のことを知らないし、この森から遠いところから来たって言ってたからなぁ・・・。 とにかく僕には分からないんだよ。だから、年長の戦士たちの話し合いで決めてもらおうと思って。」

「でも、キャンプじゃ危ないんじゃないですか? どこかほかの場所の方がいいと思いますけど。」

シンダーポーが言う。 訓練が中断されてしまったが、それよりも、黒猫を打ち負かしたという話を兄弟に話したくてうずうずしているのが分かった。

「キャンプの近くまで連れてきて、あとは先輩たちに任せよう。 キャンプに入れるか、他の場所で話し合うか。 どっちかになると思うよ。」

 

後ろを見ると、黒猫はしっかり付いてきている。

それを確認したら、歩きから駆け足に変えて、キャンプへと向かう。

 

やや大きな倒木があり、ファイヤハートは一跳びで飛び越え、シンダーポーはよじ登って通った。

黒猫を見ると、黒猫も一跳びで飛び越えた。 なかなか運動神経があるようだ。

 

キャンプの近くに来たら、シンダーポーに、

「ブルースターとタイガークローを、あ、イエローファングも呼んできてくれるかい? 僕は入り口近くで待っている。」

と言った。

シンダーポーはすぐにキャンプに飛び込んでいった。

タイガークローを呼ぶのは気が進まないが、今は彼が副長だ。呼ぶしかないだろう。

 

「森の中だねぇ。 なんとなく来たくなった理由が分かったかも。」

黒猫は独り言を言っている。

「今、部族の年長の戦士たちが来るから、黙っててくれよ。」

「んにゃ。 そーする。」

少し圧力をかけたつもりだったが、黒猫はまったりしていて、多少の脅しは通用しそうにない。